[防災] 大阪南部エリア 台風21号被害による約2日間の停電でわかったこと

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人生初の本格的な『被災』

大阪に住んでいるのですが、たぶん僕が生まれてから何十年間も、というか物心付く前からカウントすると丸々40年間、台風のせいで大阪が大きな被害を受けたことってほぼなかったんじゃないかなあ、って思います。

高校二年生の頃に阪神大震災を経験していますが、大阪南部は、非常に揺れはしたものの町並みはほぼそのままでしたし当日からして被災生活という感じではなく、実際、翌日から通学が再開されたほどでした。

ですので、今年(2018年)の9/4にやってきた台風21号による被災が、人生初となる本格的な『被災』だったのです。

あっという間にポストアポカリプス

台風21号によって、ほんの数時間で街中をメチャクチャにされました。

窓から眺める近隣の風景は地獄のようでした。壁材やらなにやらが空をカラスの大群のように飛び交っているのです。常識の範囲を超えた光景でした。

アレが落ちてきたら……若しくは、窓に向かって飛んできたら……

マンションから一歩も出る気になりませんでしたし、窓際に立つ気にもなりませんでした。

たかだか現代人が100年と数十年そこらで培ってきた電力を前提とする文明なんぞ大自然の猛威一発で簡単に崩壊してしまうものだということを、今度こそ、身を以て知りました。

午後2時。停電スタート。

それでも、この時点ではまだどこか他人事だったのです。

「うわあ、メチャクチャに怖いな!うちは大丈夫なんだろうか……」

……うち=自分の住むマンションは大丈夫でした。

しかし、街全体は見るも無残、僕がけっこう気に入っていた町並みは一変していました。

ほんの数時間なのに、近所のメガネの三城やナフコやオークワ、ネッツトヨタといった大きなお店が軒並みまともに営業するのは不可能だと一見して明白な程度の大損害を被っていました。(スマホでそれらの被害を観ていました。)

一般家庭や建築から10年近くまたはそれ以上たっているようなマンションは何かしらの損害を受けて、壁が崩れたり天井が飛んでいったりしていました。屋根瓦が無くなってつるっぱげになっている家がたくさんありました。そこらの道端にあらゆる瓦礫やゴミが散乱していました。

僕の住むマンションは外観的な損害こそ無いものの、近隣一帯と同様に停電の被害を受けました。道路をまたいで向かいは全く問題なく電気が来ているのに、うちの一画のみが停電している状況でした。

冒頭に書いたように、大阪でこれほどの被害を受けた経験がなかったので、どうせ今回も10分やそこらで停電は直るだろう……そんな風に思っていました。

午後2時に停電が発生して、先に結果を書きますが、復旧したのは翌日の午後22時でした。ほぼ二日間近く停電していたのです。

停電が発生しましたが、特に家の中がめちゃくちゃになったわけではなく、電気が止まっている以外は全て通常通りでした。

今回、避難所に行く積極的な理由がなかったので、停電が早く収まればいいなあと思いながら家で待機していました。

この時点で、だいぶ見通しが甘かったことに気付くべきでした。

電力確保を想定していない防災グッズ

基本的に防災グッズは震災など住居が使用不可能になるケースを想定していたので、避難所まで行ければ……というコンセプトでした。しかし、今回のように内装は全く問題なく、単に電気のみが途絶えてしまう、ということは計算していませんでした。

具体的には、数日間に渡るようなモバイルバッテリーや電池、電灯の備えがなかったのです。

停電が長期化すると、テレビが映らないのでもっぱら状況確認や情報収集はスマホ頼りになります。

また、精神的に非常に不安になるのでなおさらスマホでTwitterを観たり動画で撮られた各地の被災状況を見たりしていました。

当然、夜になると電池が付きてしまいます。

それでも、一日目は、ノートパソコンにUSBケーブルをつないで充電することでなんとか二人分の充電量を賄うことが出来ました。(MacBook Pro 2015モデル)

やれやれ、今日は寝るか。

妻とともに寝室に向かいましたが……

一日目の夜。

9月頭の大阪の夜は蒸し暑いのです。

そして、精神的にも不安感が募り、全く眠れません。

その頃には、「自分は、もしかすると、もしかしなくても、いわゆる『被災者』になっているのでは……?」という認識・認容が生じ始めます。

バッテリーはもっと大切に使うんだった……そんなことを思い始めます。

翌日に復旧する見込みがない、という現実もこの頃になると自然と受け入れ始めます。

結局、眠れたのは日が昇ってからでした。

朝。信号機破損と停電に寄る交通マヒ。

世の中、この状況でも全職員ソノ命ニ替エテモ出勤スベシという気の狂った企業が沢山あるようで、家の前の旧国道では朝から出勤のための自動車が長蛇の列を成していました。

しかし、昨日の台風によって停電が南大阪のあらゆるところで発生しており、特に被害の酷い南大阪エリアでは信号機が破損したり、電柱が軒並み横倒しになったりと、マトモに自動車が動ける状態ではありませんでした。

警察の人が総出で交通整理をしているのですが、なにせ普段からやっている業務ではないらしく、やたら捌くのが下手くそな人もたくさんいて、交通は麻痺しているに等しい状況でした。

9時過ぎになれば通勤ラッシュも落ち着いてホームセンターに行けるだろう。

そんな風に思っていましたが、完全な思い違いでした。朝の交通マヒは9時や10時になっても収まる様子がなく、僕もその麻痺した濁流の中に巻き込まれてしまったのです。

普段なら2分で到達できるホームセンターに15分以上掛かりました。

歩いていけばよかった……この手の都市部の災害では、往々にして車より自転車や徒歩のほうが早かったりするものです。

そして、無駄に時間を掛けてホームセンターにたどり着いた僕が見た光景は酷いものでした。

ホームセンター建物入り口の金属で組まれた屋根がボッキリ折れて、屋根が落ちてきて地面にナナメに突き刺さっているのです。

(これはダメだ……)

他の街の風景は以下の引用ツイートのような風景ばかりでした。

もちろん、入り口には『臨時休業します』の張り紙が。(実際にはそれから数時間後、臨時でオープンしたようですが……)

被災してから防災グッズを買い求めようにも、その店舗も同様に被災して稼働不能になっているのです。

結局、ヤマダ電機でモバイルバッテリーと手回し&ソーラー充電USB給電+ライト+ラジオ(電池も可能)を購入して、ようやく電力が確保されたのでした。

(避難所(体育館)にいく覚悟を決め、そこでクーラーの効いた中で充電させて貰えて心の底から勇気が湧いてきた話も書きたいのですが長くなるので一旦この辺りで。気が向いたら加筆します。

現代の防災グッズには、人数分のモバイルバッテリーと電池駆動でUSB給電できる何かが必須だということがよくわかりました。

以下は、僕が実際に購入したものです。スマホに給電できる安心感は何物にも代えがたいものです。

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